二番通り酒店の森|60年かけて再生した土地の、森の庭づくり
更新日:9月19日
小樽・張碓。札幌と小樽のあいだ、海と山が一気に迫ってくるあの一帯です。ここに、フランスのナチュラルワインを輸入・販売する「二番通り酒店」の敷地があります。ご夫婦二人で、生産者に直接会い、畑を歩き、醸造所を見て、自分たちが感動したワインだけを買い付けている酒屋です。
敷地の前の道路を渡ると、かもめ保育園。その裏を、礼文塚川が流れています。海までは、もう目と鼻の先。
そしてその敷地には、森がありました。
2026年8月、建物と庭が完成し、お披露目を終えました。この記事は、その庭がどうやってできたのか——最初に何を見て、何を考え、何をしたのかの記録です。
店主のケンさんからの依頼は、たった一言でした。
「ユウダイさん、この場所に最高のワインが飲める場所をつくってください」
図面も、面積も、予算の話も、その後でした。まず、この森で最高の一本を開けられる場所をつくる。それだけが決まっていました。

畑を見に行く人たちの、土地
ビオディナミや自然派の造り手は、まず土を見ます。除草剤をやめ、馬を入れ、被覆植物を育て、土の中の生き物を戻していく。ワインの味は、その積み重ねの結果として出てくる。
二番通り酒店のお二人は、その現場を何年もかけて見てきた人たちです。だから庭の話をするときも、話は自然と土に向かいました。
「この土地は、どうなっているんだろう」
庭づくりの出発点としては、これ以上ないほど正しい問いだったと思います。
60年かけて戻ってきた森

その土地は、60年ほど前に一度更地として開拓された場所でした。けれどその後、長い時間をかけて木々が自然に育ち、再び森になっていました。
樺の木、イタヤカエデ、ハルニレ、エゾカラマツ、エンジュ。そして一本の大きなミズナラ。
足元には熊笹が広がり、全体としてはすでに森の気配が戻っている。ワインで言えば、60年分の熟成がすでに済んでいる土地です。ここに庭をつくるということは、更地に何かを描くことではなく、すでに進んでいた時間に、途中から加わることを意味していました。
ただ、その中にひとつだけ、違和感のある場所がありました。
森の中にぽっかり空いた場所

森の中に、ぽっかりと空いた場所がある。そこだけ、木の根がほとんど張っていませんでした。
土の色は青っぽく、排水が悪く、酸素が少ない状態。クズの蔓が絡み、倒れた木もある。
ただの余白ではなく、その土地の問題が表面に出ている場所でした。60年かけて森が戻れた場所と、戻れなかった場所。その差が、そのまま地面に出ている。
庭をつくるなら、ここしかない。そう思いました。
土の中で起きていたこと
この土地の土はシルトに近く、水を含むとどろどろになり、乾くと固く締まる。さらに掘ると、300mmから1000mmほどの石が次々に出てくる。しかもその石は、角が取れて丸い。
道路の向かいを流れる礼文塚川の河原にも、目の前の張碓海岸にも、まったく同じ丸石が転がっています。川が山から運び、海が波で削り、また陸に打ち上げた石。この敷地の地面の下にあるのは、川と海がつくった地層そのものでした。
そしてもうひとつ。すぐそばに川があるということは、この敷地の水がどこへ抜けていくのか、その行き先が最初から決まっているということでもあります。滞っている水を、どの高さに向かって流すのか。設計の基準線は、礼文塚川が持っていました。
表面は静かな森でも、土の中では水と空気の流れが滞っている。この場所は、見た目よりもずっと難しい条件を抱えていました。
ワインに区画ごとの個性があるように、土地にも履歴がある。張碓のこの敷地の「テロワール」は、川と、海と、シルトと、丸い石でできていました。
張碓海岸。陸地も浜も丸い石があるのが特徴 敷地から出た丸く角がとれた石 水はけの悪いシルト土壌
1週間、森に滞在して見たもの

この場所を理解するために、現地にテントを張り、1週間ほど森の中で過ごしました。
朝の光、昼の乾き方、夕方の陰り方。風の抜け方、湿り気の残り方。海からの風が、どこで樹々に受け止められ、どこで抜けていくのか。
図面では見えないものを、時間をかけて体で確かめていきました。畑に何度も足を運ぶ造り手のやり方に、少し近いのかもしれません。
植える前に、水と空気の道をつくった


その空いた場所に対して、まず必要だと感じたのは、植物ではなく、水と空気の通り道でした。問題は地表ではなく、地中にありました。
そこで、砕石と石積みのベンチによって、水と空気の流れをつくることにしました。
ベンチはドライストーンウォールで積み、基礎部分には約1mの砕石層を設け、背面にも1m以上の石積みと砕石の層を連続させています。地表のための構造ではなく、地中へとつながる構造です。
雨水は石の隙間を通りながらゆっくりと浸透し、同時に空気も引き込まれていく。滞っていた水と空気の流れを、地中の深いところまで通していく。
積んだ石は、敷地から出てきたあの丸石です。掘れば出てくるものを、運び出さずにそのまま構造に変える。この土地の石で、この土地の水を動かしました。
このベンチは、ただ座るためのものではありません。地面に触れている石の隙間が、水を抜き、空気を通し、土の中に呼吸をつくる。
そしてもうひとつ。グラス片手に森を眺めるための場所でもあります。土の中で働きながら、地上では人が座る。ひとつの構造に、両方の役割を持たせました。
建物と庭を、ひとつの森として考える

建物の設計・施工は、地元の山郷工務店。庭も建物も、地形にできるだけ逆らわない。その一点で、最初から話が合っていました。
ふつうは、建物の位置が決まってから、残った場所に庭をつくります。ここでは順番が逆でした。まず既存の木を一本ずつ見て、切らずに済む隙間を探し、そこに建物を収めていく。模型と図面を何度も行き来しながら、樹木の位置に合わせて、建物の輪郭のほうを動かしていきました。
森を切って建物を建てたのではなく、森の隙間に建物を差し込んだ。
この決め方には、実利もあります。ワインは温度と湿度の変化を嫌う。残した木々が夏の直射日光を遮り、建物に強い日差しが直接当たらない。森の日陰そのものが、この店の保管環境の一部になっています。
窓を開ければ、そこに庭がある。切らずに残した木が、そのまま景色になる。ワインを守る森と、眺めるための森が、同じ森です。
時間を、設計に組み込む

築山については、最初から完成した植栽をつくるのではなく、まずイネ科のようなパイオニアプランツを入れ、土の状態を少しずつ変えていく。固く締まりやすい土を根でほぐしながら、時間とともに植生も移り変わっていく流れをつくりました。
急いで完成させた庭は、土がついてこない。待てば、土が育つ。

礼文塚川流域から、植物を運ぶ
礼文塚川を歩いて植生を観察する 礼文塚川沿いで実生を採取 森で採取した実生を植える
植栽でもうひとつ考えたのは、植物をどこから持ってくるか、という選び方でした。
この土地を育んできた礼文塚川の流域を歩き、そこに生えている樹木の種や実生苗を拾い、この場所へ少しずつ移していきました。
苗木を探しに遠くへ行く必要はありませんでした。道路を一本渡れば、そこが採取地です。敷地の土をつくった川と、庭に植える木の出どころが、同じ。これ以上わかりやすい「地のもの」はありません。
遠くから植物を持ち込むのではなく、近い環境の中から、その土地にすでに適応しているものを選び取る。観察から始まる、無理のない植栽です。
ワインの世界で言う「その土地の酵母で発酵させる」ことに、少し似ているかもしれません。外から持ち込まず、そこにあるものが働く条件を整える。
この方法は、すぐに結果が出るものではありません。けれど時間をかけて、この場所の森をより深くしていくはずです。
8月、森の庭がひらいた

2026年8月末、建物と庭のお披露目を行いました。
ベンチに人が座り、グラスが並んだ。土の中で水を抜くためにつくった石積みが、その日は、ただの気持ちのいい席だった。
「この場所に最高のワインが飲める場所をつくってください」
最初の一言に、森が答えていました。
待つことから始まる、森の庭づくり

庭や植栽の計画は、植物を並べることではなく、その土地の中に水と空気の流れを通すことなのかもしれません。そして、その場所にすでにある時間に、どう関わるかを考えること。
その土地に合う植物を探す前に、まずその土地がどう呼吸しているのかを見たい。
ナチュラルワインを扱う二番通り酒店の敷地で庭を考えたことは、偶然ではなかったと思っています。畑を信じ、待ち、手を入れすぎない。その姿勢は、そのまま庭づくりの姿勢でもありました。
庭は完成しましたが、この土地の時間はまだ続いています。3年後、5年後に、地中の水と空気がどこまで通り、森がどこまで深くなるのか。それを見に行ける庭ができたことが、いちばんうれしい。
森の庭づくりは、植物を並べる仕事ではなく、その土地にすでにある時間に加わる仕事なのだと思います。


